海外と仕事をしていると、海外企業との取引契約書を結ぶ場面があります。
メーカーであれ商社であれ海外営業をやっていても、ある程度の規模の企業にいると英文契約書締結の場面に遭遇する事はあまり無いように思います。
新規受注といっても大半は既存顧客からの追加受注であったり、そもそも海外拠点や代理店を通して売っているので、新たに締結する必要性があまり生じないのです。
でもある日、、、、海外の客先からいきなり英文契約書のドラフトが送られてくる。「さぁ、サインなさい」と。
そんな状況にアタフタした経験がある(または今まさにアタフタしてる)という方。私も同じような経験があります。「えっ、、、ちょっ、、、待っ、、、」つって。「なんで法務部員でもない俺が、、、、」つって。
英文契約書はなかなかに手強いものです。
それが故に、きちんと対応できる人が少ないのも事実です。つまり、法務部員ほど突っ込んだ知識までいかなくとも、ある程度の基礎知識とライティングスキルを持っておく事はアナタの市場価値を高める武器になるのではないでしょうか?
ですので、法務部員ではなく営業職の視点から見た英文契約書についての心構えとオススメ参考書籍を紹介しようと思います。
ちなみに、あくまで「売る側」にたった取引基本契約書を前提として書いておりますので、ライセンス契約や代理店契約などの話は含まれてないっす。
1.法務部がやればいい、は通用しない
海外企業と契約書を取り交わす場合、日本の企業と外資系では1つの大きな違いがあります。
日本の企業は営業が何でも窓口にさせられる、という事です。
特に、日本から海外へモノを売る場合、日本の企業では営業担当が窓口となり色々な対応をしますよね。
・営業活動
・契約
・納期調整
・クレーム対応
・債権回収
などなどかなり広範囲な業務をカバーします。これが日本人の「働き過ぎ」を助長している気がしてなりません(笑)。
ところが、外資だと事情が違うケースがあります。全部の会社がそうとは言えませんが、例えば契約締結の話になると法務畑の人間が急に出て来たり、債権回収となると経理関係の人間が出て来たりします。日本の会社が全てを営業担当に一旦集約させる傾向があるのに対して、欧米系の企業ではきっちり仕事の範囲が別れていて、それぞれに特化した人間が対応する傾向が強いように思います。
なので、「俺は営業だから、、」といっても仕方ない部分があります。法務部員はアドバイスこそすれ、実際に交渉の窓口に立ってくれない事が多い。いわば法務はバックヤード業務で、結局はフロントに立つ営業が交渉せにゃいかんのです。
とはいってもアナタは法律の専門家でも何でもないので、自社側の法務部のアドバイスを貰ったりしながら進めていくワケですよね。
しかし、法務部というのは往々にして契約書締結に際しては自社が負うリスクばかりに目を向けます。結果として、営業から見ると「はぁ?そんな条件提示したら相手怒っちゃうよ。」と言わずにはいられない、一見トンチンカンなアドバイスが出て来たりするのです。ですので、法務部の意向をメッセンジャーとして伝えるだけではまとまる話もまとまらなくなってしまう。
相手はどれくらいなら譲歩してきそうか?
どの部分なら譲歩を引き出せそうで、どの部分は難しそうか?
そういった事は日々やり取りをしてる営業しか分からない「感触」が大事なってきますので、その辺をうまく織り込みながら法務と議論を重ねて代案を作成していくというのが営業のミッションじゃないでしょうか。アナタが「自分は門外漢なので、、、」という「開き直り」に近いスタンスのままでは、結局は法務の人間の言う事をそのまま伝えるしか方法がなくなり、一方的な要求を突きつけた結果、相手との関係悪化を招いてしまうなんて事もあり得るワケです。
リスクを除外しながらなるべくスムーズに交渉を進める。
その為には、営業だけでもダメで、法務部だけでもダメ。
両方がきちんと意見を交換しながら自社としての案を提示していく事が大切です。なので、アナタは「営業だから知らない」では済まされないワケです。
2.英語ができる、とは別
英文契約書の取り交わしができるスキルは「英語が得意」とは次元が異なります。
日本語ができれば和文契約書は余裕で読みこなせるのか?
答えはNoですよね。
難解な法律用語が出て来たり、持って回ったような契約書独自の言い回しは「慣れ」が必要です。
英文契約書でも同じで、契約書独特の表現というものが沢山あります。TOEICが800点だろうが900点だろうが、そもそも英文契約書を見た事もない状態では正確に読むことすらままならないのです。
いわゆるwhereas clauseや、hereinafter, thereofなどの見慣れぬ言葉が散りばめられています。
読むだけならまだしも、英文契約書の取り交わしは互いにカウンター案を出し合いながら議論を重ねていくため、ドラフティング(条項を自分で書く)をする必要もあります。その場合も、やはり英文契約書のセオリーに沿って書く必要があり、それは英語でEメールが書けるのとは全く違うスキルなのです。最悪、自社側の要求を盛り込めたとしてもライティング上のルールに沿って書かれていなければ、法的に契約書として認められないケースさえあります。
契約書の交渉はBattle of Formsと呼ばれるほど綿密で正確なライティングスキルが要求されますので、「英語が得意だから」とタカをくくっていると非常に危険です。思わぬ抜け漏れがあったり、過剰な要求をそれと分かりにくい言い回しで相手側が書いてきたのに気がつかないでサインしてしまう、といった事が十分あり得ます。
英語がいくらできても前提となる法務知識が無ければ、翻訳はできても交渉はまず無理です。
英語、法務知識、ライティングスキルの3要素が合わさって始めてできるワケですね。
3.基本構成とチェックポイント
とはいえ、英文契約書にはある程度の「型」があり、抑えるべきポイントは毎回似通ってきます。
営業として気にするべきは、
貿易条件
代金にはどこまでの費用が含まれているのか?(海外までの輸送費込みなのか、であれば港までなのか、相手の会社までなのか、など)。
貨物のリスクはどこで移転するのか?
そういった事を取り決めるのに一般的に使われるのがインコタームズです。貿易に携わる以上、知らないじゃ済まされない部分なので抑えておきましょう。
私が取引条件で一番やっかいだと感じるのはtitleについて。いわゆる「所有権の移転」に関する規定です。
残念な事にインコタームズっていうのは価格が織り込むべき費用の範囲と、リスク移転のタイミングは規定していますが、所有権の移転は定義していません。
例えば、フランスの企業に何かを販売するとして、FOB TOKYOという条件で販売するなら、価格には運賃は含まれませんが日本側での輸出通関までにかかる費用は含まれます。貨物の紛失やダメージなどのリスクは貨物が船に載った瞬間に移転します。ですが、所有権は一体どこで移るのか?という事は定義されていないので別途定める事になります。
貿易条件がFOBにも関わらず、所有権の移転は「フランスの港に到着した時点」とするなら、実質的に貨物に関するリスクはフランスの港につくまでアナタに残っています。所有権が移っていないのだから、船が座礁して商品がオシャカになった場合は「アナタの会社の資産が勝手に水没した」というだけで買手は何の痛手もありません。「はやく代替え品もってこいよコノヤロウ」と言われるだけです。
じゃあ、「日本の港で船に載った時」でいいのか?というとこれも場合によっては問題です。
もし支払い条件が「前払い」だとすると、相手がアナタにお金を払ったかどうかに関わらず船に載った瞬間に相手のものになってしまいます(もともと売掛前提ならいいですが)。
ですので、所有権の移転についてはインコタームズのリスク移転と同じタイミングを基本としつつ、支払条件と照らし合わせて「ただし◯◯の場合は〜」のような条項を盛り込む必要があるのです。
補償範囲
アナタが工業製品を海外に販売していて、不良品を送ってしまった場合。
どこまでの補償が妥当か?という事を考えないといけません。不良品だった分を代替え品で補償する、くらいが一番理想ですが、買い主(アナタからみてお客さん)はおそらくその不良品を受け取った事による間接的な損失(それによって発生する倉庫での選別費用だとか、それによって製造ラインが止まった分の利益損失分だとか)についても補償をさせるような条項を設定してきます。
そういった場合、どこを落としどころとして交渉するのか? これはとても重要なポイントです。
準拠法と仲裁条項
ここが契約書の交渉で一番モメる。。。
要するに何かの原因で裁判になっちゃった時にどこの国の法律に沿ってこの契約書を解釈するか、って事です。基本的には双方が自国の法律を主張しあって譲らない事が多いので、交渉はここが一番面倒だったりします。ただ、日本法だからといって必ずしもアナタによって有利だとは限りませんし、相手国で判決を執行できるか分からないという問題もあります。
「裁判ではなく、仲裁手続きによって紛争解決をする」とするケースも多いです。
ただ、仲裁も、どこの国でどこの仲裁期間を通して何語で行うのか?という事が問題になります。願わくば東京の日本商事仲裁協会を仲裁機関に指定できればいいですが、実際のところ、同協会はあまり人気がないので買い主から拒否されるケースが多い。
じゃあ、どこにするのか? パリのICC? ロンドンの国際仲裁裁判所?
選択肢は色々あります。国際的に知名度の高い仲裁機関やその特徴について知っておくのは大切です。
困ったらとりあえずコレ読んどけっていう書籍
今、「whereas clause? 所有権の移転? 準拠法?」とワケ分からない状態の方。安心して下さい。履いてますよ。じゃなくて、私もそうでした。ただ、ここで書いたような基礎知識というのは座学でも大体カバーできます。営業としてはまず、基礎を抑えておく事が大事です。ここが分からないと、まず法務部員と共通の言葉で議論ができないので。逆に基本さえ抑えておけば後は経験と法務部の助けでどうにかなるもんです!
何も学ばずに法務部に丸投げすれば法務部はイラっとするでしょう(笑)「契約の当事者は営業じゃろうがい!!」と。法務も法務でそういう「丸投げしてくる営業」に辟易としていたりするんじゃないですかね(笑)。でも、基礎を知っている上で相談をすれば親身に助けてくれたりするもんです。
では、オススメ本を紹介しておきます。
これは鉄の板と書いて鉄板です(そのまんま)。
基本的な英文契約書独特の表現、典型的な条文はもちろん、「どういう視点で契約書締結までの交渉を行うべきか?」が分かる本。
ストーリーになっているので凄く読み易いです。契約は「戦い」です、と表紙でうたっていますが、私はこの本を読んで、
・契約書締結はリスク管理の観点からいかに重要なのか?
・英文契約書はどれだけ一言一句に注意を払わないといけないのか?
・どうやってカウンター案を検討し提示するのか?
などなど学びました。
before 10 Octoberは10月10日を含むのか、含まないのか? untilはどうか?
英語ができる人でもきちんと答えられない人が多い。
そういった「英文契約書の英語」についても解説があるので重宝します。
何がともあれ、英文契約書に携わるけれど、右も左も分からない、、、という人はまずここから。なんだか萌えな表紙ですが侮るなかれ。
もう1つは日系文庫から。
上の 「初心者でもわかる!〜英文契約書入門」に比べると内容は退屈です。ですが、自分でドラフティングするタメには必読。「読む」ためではなく「書く」ための本なので例文が凄く豊富です。他に同じ日系文庫から「英文契約書の読み方」という本もありますが、「英文契約書入門〜」の方が分かり易いので割愛。各条項(支払い条件、準拠法、仲裁、保証など)に分けて構成されており実践でもすぐ使えそうな例文が充実しています。
補足説明も充実しているので「初心者でもわかる!〜英文契約書入門」の内容の再確認にもなるという意味で2冊目としてオススメします。
あとがき
私は以前、英文契約書に苦手意識を持っていました。
英語はある程度読めるにしても、どう交渉していいかも分からず、「できれば法務部でやってくれ」くらいに思っていたのですが、いつまでも逃げ腰で取り組むのも、自信を持てずにいるのもイヤだったので、勉強するようになりました。その中で気がついたのは、英語ができて海外とやり取りができる営業は沢山いますが、きちんと英文契約書を読みこなして、リスクを把握し、それなりのレベルで法務部と話ができる営業はあまりいないという事と、そもそも日本の企業は契約書締結に関するリスクへの危機感が非常に薄いという事です。
信頼関係、という言葉を必要以上に美化してしまう日系企業ですが、英文契約書というのは単語1つで解釈が変わってしまい、それが何億という損失に繋がってもおかしくないモノです。契約書を交わす事を「信頼関係に傷をつける」と捉えてしまう人が多いのですが、契約書こそが「信頼の証」ではないでしょうか。信頼関係を維持する為にもきちんと事前に合意をしておく、という考え方が重要です。
国際ビジネスが急速に拡大していく中で、国際法務に精通する法務部員はもとより、国際法務リテラシーを持つ営業職というものまた不足している感があります。
アナタが苦手意識を持っていても無理はありません。みんなそうなのですから。だからこそ、身につけて自分を差別化する、というのも1つのやり方じゃないでしょうか。
とまあ、偉そうに書いておりますが、私もまだまだ修行中の身でして、よく法務部のおっさんにダメ出しされてます。まあ、愛あるダメだしですが(笑)
英語が得意、という人は世の中腐るほどいます。だからこそ、一歩突っ込んだ専門性の高い英語でアナタ自身を差別化してみるのも手ではないでしょうか!って事で頑張りましょう!
コメント